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東京地方裁判所 昭和37年(レ)86号 判決

控訴人 小林ギン

右訴訟代理人弁護士 安藤昇

被控訴人 芝崎禹難也

右訴訟代理人弁護士 里見馬城夫

同 村川謙雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

当初の契約締結の日時はさて措き、本件家屋について、控訴人と被控訴人間に昭和三十三年当時控訴人主張のような約定の賃貸借契約が存したこと、又同年十二月十九日、控訴人主張のような停止条件付契約解除の意思表示を含む催告が被控訴人に到達したことは、被控訴人の認めるところである。

そこで右契約解除の効力について考えるのに、被控訴人が昭和三十三年十二月八日頃、本件家屋について、控訴人主張のような改造をしたことは、被控訴人の認めるところである。ところで賃貸人が賃借人の目的物についての無断改造を理由として、賃貸借契約を解除するためには、賃貸借契約が本来当事者間の信頼関係の上に存続すべきものであることに鑑み、その改造がかかる信頼関係を裏切ることを要すると解すべきであるから、賃借人が賃借物件等に改造を加えた場合においても、これにより、賃貸人に対する信頼関係に背いたものとは認められないような事情があるときには、賃貸人の契約解除権は発生しないものといわなければならない。これを本件についてみると、右当事者間に争いのない事実と原審証人芝崎文枝の証言、原審における検証の結果を綜合すれば、本件家屋の便所は、もと右家屋の北側の四畳半の部屋から直接出入するような構造になつていたため、衛生上好ましくなく、又来客があつた際にも不便があつたので、被控訴人は、かねてより、その改造を控訴人に請求したが、控訴人は、これに応じなかつたこと、そこで被控訴人は、止むなく昭和三十三年十二月八日頃、訴外山田工務店に依頼し、(イ)右四畳半の部屋の従来玄関寄りにあつた畳一畳半を取除いて板敷廊下とし、且つ上り框の床、敷居を取除き、右板敷廊下から、便所にはベニヤ板扉を通じて出入でき、又同部屋との間にはベニヤ板壁の仕切を設けたが、障子戸を通じて出入でき、南側六畳の部屋にはベニヤ板扉を通じて出入できるような構造とし、(ロ)更にこの結果、従来の四畳半の部屋が三畳となるので、従来同部屋に附属していた板の間の板敷及び押入の柱、壁を取除いて一畳半の畳敷とし、従来通り四畳半の部屋としたことが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、右改造のうち(イ)は、衛生上、社交上の必要に迫られてした工事であり、又(イ)、(ロ)とも、これにより、本件家屋の保存上に影響を及ぼすものとは認定することができない上、これ等改造は、全般的にみて、本件家屋の使用目的である住居としての用途に何等の変更を加えたものでないのは勿論、その従来の構造を変更したというよりも、むしろ原審証人小林善吉の証言によるも従来の構造を住居としての使用に便宜なようにしたものであり、これにより、本件家屋の使用上の価値は、従来より増加し、控訴人は、利益を受けこそすれ、不利益を受けるものではないというべきであるから、被控訴人がした本件改造の程度は、未だ賃借物をその使用目的の範囲内で使用し、保管すべき賃借人の義務に違反するものということはできず、賃貸人である控訴人に対する信頼関係を破壊したものとは到底いうことができない。従つて原審証人小林善吉、芝崎文枝の各証言により、本件工事施行が被控訴人の希望しないもので、むしろ中止を望んだのに、控訴人が敢行したことは認められないわけではないが被控訴人の本件改造によつては、未だ控訴人に本件家屋賃貸借契約の解除権は発生しなかつたというべきであり、控訴人の右契約解除の意思表示は、その効力を生じなかつたものといわざるを得ない。

してみれば、本件家屋賃貸借契約の解除を理由とする控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当として棄却されるべきものであり、これと同趣旨に出た原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条第一項により、本件控訴は、これを棄却すべきものである。

よつて当審における訴訟費用の負担について、同法第九十五条、第八十九条を適用して、主文の通り、判決する。

(裁判長裁判官 毛利野富治郎 裁判官 土田勇 佐藤栄一)

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